Guggenheim美術館での献茶式
2009年4月20日 (月)
イェール大学でのシンポジウムなどを間近に控えた4月10日ごろ。一本のメイルが
届いた。送り主はグッゲンハイム美術館のアジアセクションのキューレター、
アレクサンドラ・モンロー女史。彼女が企画して現在同館で開催中の、アジア思想に
影響をうけたアメリカのアーティストの作品に焦点を当てた「Thrid Mind」展が
19日に無事会期を終える。それを記念して20日夜、同展の象徴ともいえるジェームズ・
リー・バイヤースの作品”The Death of JamesLee Byars”の中でお献茶をして
ほしいとの依頼だった。期日まで10日もない話、日本でならお断りするような
タイミングだったが、すでに展覧会を見ておりリーバイヤースの作品には以前から
引かれるものがあったので、せっかくの機会とお受けすることにした。
イェールのすぐ後であるため準備などもあらかじめ周到に行わなくては間に
合わない。周りの方々のご協力もあって、無事に当日夕方を迎えた。
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↑リーバイヤースの作品の中で。
(Phot by Gen Aihara)
7時から始まった献茶式には、アレクサンドラさんの招待により参加アーティスト、
展覧会のスポンサー、アート関係のジャーナリストなど20名ほどの方が参列。
中には今回の話の橋渡し役となったアーティスト森万里子さんの姿も。
森さんとはさまざまな方を通し紹介いただく機会はいくつもあったものの、
なかなか果たせずこの日ようやくご本人と直接ご挨拶することだ出来た。
作品は、5mほどの矩形の部屋状のもの。その一面は金箔に覆われ、
その箔足(金箔の継ぎ目)はきっちりと処理されていないので、ひらひらと
揺れて作品自体が照明を受けて乱反射をしている。さらに床にも金箔は
貼り巡らされ、歩くと箔が足につき舞う。展覧会中は勿論立ち入り禁止
だったが、最後であることと献茶という機会をよく踏まえてくれて、私
のみ内部に立ち入っての点前が可能となった。
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↑献茶では穢れを嫌うため、息がかからない
ように奉書でできた覆面(マスク)をつける。
(Photo by Gen Aihara)
かつてアーティストが生前の頃、彼は全身を金で覆いこの作品の中で
横になり空間と自分が同化するパフォーマンスを行った。ここでの金は
光のメタファーであり、タイトルが示すように自分の死後その存在が光と
溶け合ってなくなってしまうことを意識したものだったろう。ならば、アーティスト
の聖域に立ち入る私はあえてそこに同化せず、秀吉の金の茶室を意識する
その空間に、利休好みの象徴黒一色の台子皆具一式を据え、黒紋付に
十徳の正装で点前に挑んだ。
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↑一碗を作品内に献じる。
(Photo by Gen Aihara)
金に包まれた空間での点前はかつて秀吉の黄金の茶室を復元した
MOA美術館で経験済みだが、改めて金という質感が生み出す、
暖かさ、隔世感、そして物質としての金ではなく光としての金の存在
を思い起こさせた。為政者やアーティスト、宗教者がいずれも
金を多用するのは、ひとえにこの世ならざるものの表現を追求した
結果なのだ。作品の中で点前を行っている自分と、その外から
床に座って見入っておられる参列の皆さんとの間には、目に見える
以上の空間の隔たりがあったように思う。が、献茶が終わって
そのまま、通常の日本での献茶では考えられないが、参列の方々に
一服を差し上げたが、その時は確かに二つの隔たりの溝は埋まり、
一座を共有できたように思う。
式後アレクサンドラさんが、点前が始まった瞬間にどこからともなく
微風が吹き抜け金箔が一斉に揺らめき、何者かの到来を
告げるようだったと教えてくれた。私はこの日、参加したすべての
アーティストの創意に対して敬意を払って一碗を勤点した。
その想いが届いたのだとしたら、これほどうれしいことはない。
今回の滞在中でも特に思い入れ深い出来事となった。

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