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第33回 カストリ書房 渡辺 豪さん

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「カストリ出版」代表、編集者。IT企業でデザイナーなどを勤めた後、2015年に遊郭に関する書籍を発行する「カストリ出版」を設立。2016年9月3日に自身の出版物を中心に扱う書店「カストリ書房」をオープン。◯東京都台東区千束4-11-12 10:00〜20:00 月・火休 https://kastoribookstore.blogspot.jp/

「本が読みたいなあ」って思うときほど、面白い本が見つからなかったりするから不思議だよね。だったらいっそ街に出て、本選びのプロにおすすめを聞いてしまおう!  
このブログでは、本が大好きな人たちのお店に行き、本を読むこと、探すこと(=Diggin’ Books)の魅力を教えてもらいます。今月も張り切って行ってきます! 

今回お邪魔した「カストリ書房」は、遊郭や赤線(戦後の売春街の総称)に関する本を復刻・出版する「カストリ出版」の直営店で、9月3日にオープンしたばかり! 場所は、全国でも有名な遊郭があった台東区は吉原!
昨年「春画展」が開催されて話題になったり、吉原をデザインソースにした岡野弥生さんの<岡野弥生商店>のアイテムが注目を浴びたり、最近性に関する文化がよく目に入って来る。さらには先月号『ジャズと落語』特集で落語を聞いていたら遊郭をテーマにした噺もあって……とにかく気になっていたからこれは見逃せない。

というわけで店主の渡辺 豪さんにお話を聞いてきました。

遊郭街の玄関・吉原大門跡地のほど近く。かつて伏見通り沿いと呼ばれていた小さな通りに店があります。落語のなかで出てきていた、「大門」「大門」っていう単語。これがホンモノか! 小さな通りに入るとレトロな建物がいくつかあって、ちょっとだけタイムスリップした気分。
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店舗スペースはかつて遊郭だった場所で、その後20年前までは靴工場として利用されていたんだとか。こじんまりした店内はいい意味で吉原のイメージとは違って落ち着く。

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小上がりのスペースには「カストリ出版」の本を中心に、他の出版社の本や渡辺さんが作った遊郭グッズまでがラインナップ。もちろんテーマはすべて遊郭や赤線に関するもの。写真下のステッカーは、売春防止法が施行される以前に全国で使われた、風俗店の運営をオブラートに包むための「特殊飲食店ステッカー」。カフエーやお茶屋など地域によって色んな表現があって面白い! 普通に貼りたい。

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―そもそも渡辺さんが遊郭に関しての本を扱うようになったのは何故ですか?

「4、5年前に趣味で全国の遊郭・赤線跡地に写真を撮りに回ったのがきっかけです。どこにあるかわからないという状況だったので、国会図書館などで調べ物をしてみると、保管されていない資料が多いことがわかりました。特に戦後の赤線に関する情報は当時のいわゆるエロ本などに記録されていることが多く、結果的には図書館への所蔵数が少ないんです。文献として評価されていなかったのかもしれません。偶然街の古本屋で貴重な本を見つけても10万円と気軽に手にとれる値段ではないこともしばしば。さらには2011年の震災もあってか、遊郭だった建物は耐久性の問題ですごい速さで壊されて行ったり、当時の様子をリアルタイムで知っている方も高齢になっていたり、どんどん情報がなくなってしまう恐れがありました。そこで、調査の後押しになればと思い、遊郭や赤線に関する本の出版や資料の復刻をすることにしたんです」

渡辺さんが撮った写真をまとめたのが写真集『遊郭 紅燈の街区』。当時IT企業に勤めながらも、約3年間で回ったのはなんと約300箇所! そこまで彼の行動力を引き出した遊郭の魅力はなんだろう。
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「当時、遊郭はいわゆる“欲の塊”の場でしたが、落語や歌舞伎などの芸能やアートの重要なテーマにもなっていますよね。アートのために生まれたアートでは決してなくて、その何かドロドロとしたものから生まれる美しさに興味を引かれたんです」
確かに、あまり声を大きくして話せない話題だからこそ却って気になるし、独特な魅力がある気がする。
本を売るだけでなく、全国を回って撮影や取材をしている渡辺さん。実際に目で見てきた人だからこそわかる話も聞かせてくれる。
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「全国を回って、実際に遊郭を経営していた方やその家族と話す機会もありました。特に印象的だったのが愛知県の豊川にあった遊郭跡地。写真集の表紙の場所です。ここには現在、当時の女将がそのままの建物に一人で暮らしていて、何度か訪れましたが毎回もてなしてくれるんです。突然当時の商売について聞くと、不快に思う人が多いのかなと不安だったのですが、みんな驚くほどに快く迎えてくれました」
この写真集は2013年までに回った場所を掲載。この3年間の内になんとその2/5くらいの跡地がなくなっているんだとか。店を経営していた人たちは当時のことを隠さずに誇りを持ってる。だからこそ、その事実はなんだか悲しい。
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「遊郭や赤線だった建物はアールデコ調のクラシックな様式であることが多いんです。建築物としても魅力的ですよね。都内には17カ所赤線地区がありましたが、ほとんど当時の面影はなくなっています。吉原、特にこの店がある区域は少しではあるけど、歴史的な建物がそのまま残っている貴重な場所。昔の屋号のまま子孫が違う店を出していることも多くて、当時の資料を見せてくれることもありますよ」
店の外を出ても、そのテーマの世界にいれるっていうのは中々ないし、わくわくする。

―渡辺さんが作られた本で他にも思い入れのあるものはありますか?

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「『カストリ出版』で初めて復刻を手掛けた『全国女性街ガイド』です。渡辺寛さんという方が戦後の売春街約350カ所を取材してまとめたガイドブック。幻といわれるような古書店でもなかなか見つからない1冊で、古書店でも殆ど出回りません。こういう詳細な調査をしている人がいるという事実や、その調査内容が埋もれてしまうのは本当にもったいないことですよね」
サイズも当時のものを再現。豆本サイズもあってかわいい!

渡辺さんは、渡辺寛さんの作品をまとめた『渡辺寛 赤線全集』も編集。
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「『全国女性街ガイド』の著者・渡辺さんご自身もすごく興味深い人なんです。戦中、特高からの拷問で子どもが作れない体にされてしまったにも関わらず、赤線女給や温泉芸者と遊んでいた奔放な人。一方でプロレタリア文学の実力のある文筆家で、作品が第1回芥川賞にノミネートされたという経歴の持ち主でもありました。ぜひ彼に会って話が聞けないかと思ったのですが、とにかく彼に関する情報も皆無に等しく、消息も不明。でも、なんとか突き止めて、彼の家族にインタビューすることもできました」

この1冊が出来るまでに色んなドラマがあったとか……!
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「まずは彼の居場所を探すことから始めました。作家・松田解子さんの作品に1度だけ彼の名前が出たことがあって、彼女の遺族に頼んで渡辺さんとの交流の記録を探してもらうことに。すると1枚だけ松田さんに宛てた渡辺さんからのハガキがありました。すぐにその住所のもとに飛んでいくと、彼はもうすでに亡くなっていて、ご家族が迎えてくれました。渡辺さんについて聞くと、なんと息子さんは父親が赤線愛好家で、そういうルポを書いていたことを一切知らなかったそうです。私自身も新しく知ることが多くて、晩年はオリエンタルランドの役員になり、ディズニーランドの誘致に携わっていたんだとか。濃い人生を送っていた人で、ますます彼に興味を持ちましたね」

遊郭について興味はあったけど、それを追っていた人に注目したことはなかった……! 渡辺さんいわく、全国、それぞれの県に必ず遊郭や赤線について調査している方がいるそう。
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「中村三郎さんもすごく興味深い調査をしていた方の一人です。昨年僕が復刻した、昭和33年に出版された彼の著書『白線の女』は、売春禁止法の施行で公娼がいなくなり、もしどんどんアンダーグランド化したら、街娼となった彼女達はどうなっていくのかを綴った一冊。実際の彼女たちの生活リズムなどをグラフに記録したり、あまりに詳細すぎる調査で読み物としても楽しめます。他にも『東京街娼分布図』など、彼の緻密な調査結果をまとめたものを復刻しました。彼は編集者として活躍していた方で、彼の勧めで赤線にハマり、作品の題材にしたという大物作家もいたようです(笑)」

こういう遊郭や赤線をテーマにした作品の著者は副業、趣味として執筆している人が多いのは気のせい? 自分の中にもある欲求に関することだからここまで突き詰められるのかも。

というわけで今月もディグって行きます。
今回は初心者でも楽しめる3冊!

1st DIG『昭和エロ本 描き文字コレクション』橋本慎一
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「昭和30年代から『週刊文春』や、当時としてはえげつない系のエロ本『漫画Q』などでタイトルを描いていたレタリング職人・橋本慎一さんの作品集です。デザインはいつも橋本さんにお任せで、編集者から渡されるスケベなタイトルを自身の想像でデザインされていました。取材で奥様にも会いましたが、彼女は夫の仕事に誇りを持っていて、職人の妻っていう感じでかっこよかったですね」
エロ本も遊郭や赤線と切っても切れない存在。タイトル文字に情熱を注いだ人がいるというのにも驚きだし、何より当時のタイトルの発想が斜め上をいってて面白すぎる。

2nd DIG『全国遊郭案内』
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「昭和5年に発行された日本各地の遊郭を紹介した本を復刻したものです。読んでみると、吉原や飛田新地の他にも全国には色んな遊郭があったことがわかります。自分の普段よく行く場所や、地元にもその跡地があったりして面白いです」
その場所の隠れた歴史にも触れるようでわくわくする。

3rd DIG 『あまみのラブホ探訪』あまみ
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「他の出版社の本も置いています! こちらはあまみさんという方の自費出版の雑誌。三重県のラブホテルにアポを撮って撮影したもので、きらびやかな空間の写真で見た目に楽しいです。これを購入する女性の方もたくさんいるんです」
たしかにこうやって見てみると“そういう場”としてだけじゃなくて、建築にラブホならではの独特な様式があって魅力的に見える。

ずっと気になってはいたけど、あまり深くを知らなかった遊郭や赤線のこと。実はその調査にものすごい情熱を注いでいた人がいたりして、改めて“性”がどれだけ人を惹き付けるテーマなのかを実感。自身も編集者として、ライターとして活動している渡辺さんと話せばさらに理解が深まるし、これからまた違った視点で落語や歌舞伎も楽しめる気がする! 店に行った後に吉原探検もいいかもね。

写真・文/飯野僚子