「NEWS ZERO」取材のバックストーリー近々公開予定

2009年3月24日 (火)

3月19日の『NEWS ZERO』放映の直後から、このページを観て、その感想を直接メールでくれたり、書き込んで頂いた方々、また、様々な個人ブログのページ内で記事を書いてくださった皆様の文章を、私たちは「YOSHIKI」に直に見てもらう機会を得ることができました。

「僕の話をたくさんの人たちが見てくれたことは、とても光栄です。僕自身も今まで誰にも話したことがなかったことなので、正直、どのような反応があるのか、少し気掛かりでしたが、たくさんの勇気と愛を皆さんから頂いたことをとても感謝しています。
これからも、今までどおり無理することなく、しかし、着実に一つ一つ行動を起こしていこうと考えています…。」

これは、あの番組を観てくれ、また、このサイトを見てくれた多くの人たちに向けて、彼が語ってくれた最初のメッセージです。

只今「NEWS ZERO取材」バックストーリーを準備中です。
番組内の10分という時間では語りきれなかった『YOSHIKI』の素顔を未公開映像を交えて忠実に、そして詳細に伝えられるよう、制作を進めております。

もうしばらくお待ちください。

 

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初の告白XJapanのYOSHIKI…“僕の父は自殺した”遺児救済へ

2009年3月17日 (火)

前回の掲載以来、早や1ヶ月の月日が経ちました。その間に、この「WEB記事」を観てたくさんの反響が世界中から送られてきました。『X JAPAN』のファンのみならず、今まで、その存在さえも知らなかった多くのひとたちから、「何が起こるのだろか?」との問合せや期待、そして、応援のメッセージなどが数多く届きました。

そして、この期間に『YOSHIKI』と私たちとの間にも、様々な出来事が起こりました……。

「香港ツアー」を終えた彼と再会したのは、1月下旬、都内にあるホテルの一室でした。無事に、「アジア・ツアー」最初の地・香港公演が終わったこともあったのだろうか、『YOSHIKI』の顔には以前にも増して、優しい微笑みが絶えない様子がとても印象的でした。
私たちは「基金を創設する」と話してくれた、その彼の本当の胸の内を知りたいと思っていました。

『YOSHIKI』は、香港でインタビューをしたときよりも明快な口調と厳選された言葉を紡ぎだし、彼のこれからの計画とその動機を語ってくれました。それは、『自殺』が意味するところの本当の真実を知っている者だけが識る「何か」を訴えかけているようにも見えました。
私たちは、その日、ひとつの提案と決意をもち彼に会いに行きました。
「お父さんのお墓参りに行きませんか……」。私たちの唐突とも思えるその問いかけに、
「いいですね。僕も行きたいです……」と、彼は思い切る様子もなく応えてくれました。

その日から、私たちは『YOSHIKI』の誕生から今日までの足跡を、特に、故郷・館山で過ごした日々を丹念に調査し始めました。生家、幼稚園、小学校、中学校、高校、よく通ったという実家から歩いて数分の距離にある海岸、そして、父が永眠する菩提寺。

そして、遂にその日がやってきました……。

 
ここから以降のストーリーは、2月19日の『NEWS ZERO』の放送終了後に掲載いたします。
何の先入観も、また、思いも抱かずに、ただただこの「ドキュメンタリー」の映像とインタビューを観て、聞いて欲しいと私たちは考えるからです。
それは、きっと、あなたの心に何かを必ず問いかけてくれるはずです。
『YOSHIKI』と私たちの出会いが辿り着いた「ひとつの場所」で……。

 

 

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第3章 2009年、香港でYOSHIKIが語ってくれたこと

2009年2月10日 (火)

09年に入り、彼との時間がまた取れなくなりました。ファン・サイトには大成功した『カウントダウン・コンサート』後に体調をこわした彼に「風邪」が追い打ちをかけ寝込んでしまったとの書き込みがあるのを見つけ、私たちは少し心配になりました……。
元々、頸椎に持病をもつ彼とLAでのインタビュー後、ばったり街で出会ったときは、まさに治療を受けた後の「クリニック」の前でした。
「治療は?」と聞くと、「長いこと患っているので、時間がかかるようです。コンサートでは毎回、ここで死んでもいいと言う気持ちで行くんですけどね……」。満身創痍で戦う武将の姿と重なったあの時の記憶が鮮やかに蘇り、彼の無事を祈るしかない自分たちの無力感とこれから始まっていく、長く厳しい「アジア・ツアー」に思いを馳せながら、私たちは彼からの連絡を待ち続けました。

「香港まで来てくれませんか……」。突然のマネージャーからの電話で伝えられたのは、彼からの私たち宛のメッセージでした……。
1月16・17日で行われる「アジア・ツアー」スタート地、香港公演を観るために私たちは急遽、16日夜、最終便で羽田から飛び立ちました。香港公演の場所は、空港敷地に隣接された国際展示会場『アジアワールドエキスポ』。市内からは少し離れた場所だが、「海外からきた大物アーティストがよく使う公演会場だよ」とタクシー・ドライバーが教えてくれました。
深夜、初日コンサートを終えたばかりで、まだ、雑務が山のように残っているマネージャーに無理を言い会ってもらいました。そして、「きょうのコンサートには、YOSHIKIからの希望で地元の孤児200名が招待された」ことや「香港の慈善団体に、今回の収益金から寄付をする」ことなどを初めて知り、彼が私たちに「来て欲しい」と言った真意が少しわかったような気がしました。

その日、20時から始まるコンサートの前に集まったファンに幾つかの質問をしてみました。
「どうやって、『X JAPAN』を知ったの?」……。
「何となく買ったCDを聞いていたら、凄く曲が良くて……。その後、もっと彼らのことを知りたくなってインターネットなどで調べて感動した」。それから、10数年来のファンだと話してくれた航空会社の客室乗務員の女性たち。
「この日を長いこと待っていました!」。日本に留学していた時に知って、それ以来、自分の人生をいつも支え続けてくれたのが彼らの音楽で、今、政府関係の職に就き、もっと日本と自分たちの国が文化交流を進めることができないか、ということを考えていると熱っぽく話してくれたマカオの政府観光庁のエグゼクティブ。
「最近、知りました……。彼らの音楽はアジア最高のロックだよ」と話してくれたミュージシャン志望の大学生。
性別、国境、年齢、肌の色、宗教、言語……、それらすべてのハードルを彼らの音楽と共に超えたファンが、その歴史的な瞬間を楽しみに集まってきていることを、私たちは肌で感じていました。

会場内は、チケットが「発売と同時に売り切れた」という報道を裏付けるように超満員状態となり、40分押しで『LAST SONG』から始まったコンサートは、揺さぶられるような大音響に呼応するファンのウエーブやジャンプで大きく揺れ、うねっていきました……。
2時間半ほどのコンサートは、壮絶なLIVEドラマを観ているような興奮と、すべての壁を超えた一体感に包まれた温かい感触を保ちながら、エンディング曲『Tears』で終了しました。そして、
「I will try to live with love, with dreams, forever with tears…」と『YOSHIKI』が、最後にファンに感謝のメッセージを絶叫すると、涙を流した多くのファンからも「Thank you !」の絶叫がそれに応えるように放たれました……。

深夜に始まった「打上げ」パーティに参加した私たちの目の間に現れた彼は、少しも疲れた様子を見せることなく、関係者の間を次々と回り、挨拶とお礼を述べ記念写真を撮られていました。
私たちに気づくと「また、やっちゃいました」とおどけながらも、先ほどの「ドラム・ジャンプ」で深手を負ったすねの傷を見せてくれ、「香港まで来てくれて、ありがとうございます」と深々と頭を下げ、翌日のインタビューで再会することを確認すると、次に順番を待っている香港のスターたちのところへと歩んでいきました。

翌日、大きな見出しで『自殺式撃鼓』と書かれた昨晩のコンサートを評する新聞のトップ記事が、多くの地元メディアからの「コンサート評」を象徴していました。好意的な論評と共に「死」という文字が多用されているのが、『X JAPAN』の前衛的とも言えるコンサートの特徴をよく表しているのではないか、と私たちは昨夜のコンサート・シーンを思い出しながら感じていました。

私たちが待つホテルの特別室には、『仁愛堂』という香港の大手慈善事業団体の代表が『YOSHIKI』との面談のために同じように彼の到着を待っていました……。
颯爽と現れた彼の姿とは裏腹に、その声は枯れ、音になることをまるで拒んでいるようかのようなか細いものでした。慈善団体の代表に寄付金を手渡し、お礼の言葉を受ける彼の表情には精一杯の微笑みと、念いを果たした満足感が漂いながらも、一貫して毅然とした姿勢が貫かれているように見受けられました。
そのことをインタビューで尋ねると、「やっと、第一歩が始まりましたね……」と嬉しそうに話し、その胸の内を枯れた声を絞り出すように語り始めてくれました。

そのとき、『magazine world』の視聴者に向けて話してくれた模様が、今回の映像です。

私たちと彼との「ストーリー」は、このように今、始まったばかりです……。
今月下旬には、日本テレビ系『NEWS ZERO』の番組内で特集が組まれることも決定しました。
そこでは、ここに書かれた詳細が「ドキュメンタリー映像」となって報道されます。
「『自殺撲滅』をテーマにしながらも、『生きる』ことの大切さを伝えていく」という彼の願いを、TVメディア側が全面的に取り上げたものとなっていくはずです。

そして、私たちと彼の「ストーリー」もまだまだ、続いていきます……。

 

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第2章 胸の内を語ってくれたYOSHIKI

2009年2月10日 (火)

9月15日のその日、私たちは『YOSHIKI』のマネージャーから送られてきた招待状をもち、渋谷・代々木体育館横にある「特設イベント・スペース」にいました……。
徹夜で並び『YOSHIKI』の登場を10数時間もの間、待ち望んでいるという数多くのファンはすでに大画面に映し出された彼の姿に大喝采を送り、共に歌い、まるでそこは「ミニ・コンサート場」のような様相を呈し、休日の外苑周辺の静かな景色とはまったく違う異様な熱気に包まれていました。
予定時間をかなり過ぎ突如、自らハンドルを握るランボルギーニで会場に乗りつけた彼が登場すると場内の興奮は最高潮となり、涙を流す女性も現れるほどの大歓声に包まれていきました。
「日本に帰って来ればスーパー・スターなのだ」と、あらためて認識させられた私たちの困惑などとはまったく無縁に、彼はいつものようにファンに語りかけ、それに応えるファンの声援はさらにそのボルテージを上げ、秋の大空にその声は大きくこだましていました……。

「ワールド・ツアーの開始」や「年末のカウントダウン・コンサート」の発表など、しばらくの間途絶えていた活動情報や報告をファンに語ると、彼は名残惜しそうな表情を浮かべ、そのステージを後にしました。

その後、私たちが彼の姿と再会したのは、それから数週間経った9月24日、帝国ホテルで行われた彼自身がプロデュースする「ジュエリーの発表会・記者会見」場でのことでした……。
多くの新聞記者や編集者に囲まれ、写真を撮られる彼の姿は、代々木で観たその姿とはまた違い、少し緊張しているようにも見えました。型通りの会見が終わりバック・ステージに戻って行こうとした彼と目線が合った瞬間、彼が微笑みながら懐かしそうに私たちのもとに来てくれました。
「ごめんなさい、なかなか時間がとれなくて……」と切り出した彼の言葉とその表情は、私たちがLAで会った『YOSHIKI』その人でした。
「必ず時間を作りますので、もう少し待っていてくださいますか」と語る彼に私たちは「いつまででも待っているので安心してください」と言うのが精一杯の彼に対するエールでした。

その後、彼がLAに帰ったと聞いたのは、マネージャーから彼の伝言を受けたときのことでした。
「12月にもう一度、帰ってきます。その時にいろいろと話をしたい」と……。

12月23日、私たちは『カウントダウン・コンサート』を皮切りに新春早々から始まる「アジア・ツアー」に向けて『X JAPAN』のメンバーとリハーサルを行っていたスタジオの控え室で彼との再会が遂に叶いました……。

興奮気味に語り始めた彼の最初の話は「想像していた以上に、いい音が出ています……」と言う、ツアーに向けて練習を積んでいる『X JAPAN』の話からでした。嬉しそうに語る彼に「その後、何か進展は?」と尋ねた私たちの性急な問いに、「アメリカに『グラミー・ファンデーション』という基金があり、そこと提携する予定で進めています」と話し始めると、一気に彼がその後、進めている構想を語り始めました。
「無理せずに、できることからひとつずつスタートしていけばいいのかな、と考えています……」と語る彼の姿には、自信に満ちた「アーティスト」の顔と謙虚な「一人の人」としての姿勢が見え隠れしていました。
「僕のような派手な人間が、そのライフ・スタイルを無理に変えることがない範囲で、自分自身ができることから始めていくことがいいのかなぁ、と考えるようになったんです」。どこか肩の力が少しだけ抜けたような印象と、以前よりも強い決意をその言葉から私たちは感じました。
その後、彼の希望からどこかの雑誌にそのことについて少しずつ話をしてみたいとの希望があり、その取材を12月26日の『YOSHIKIジュエリー』のXマス・パーティ後に行うことになりました。

その時の取材記事が、ここにある映像『HANAKO941号(2月12日発売)』に掲載されたものです。

 

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第1章 偶然の出会い

2009年2月10日 (火)

昨年の8月末、ロサンゼルスで『YOSHIKI』が突然、私たちの前に姿を現して以来、私たちと彼との間にひとつの約束ができました……。
それは「僕の準備ができるまで、この話を公開するのを待って欲しい……」というものでした。

それは『Help as One』(「音楽の力で世界をより良い世界に変えていこう」というスローガンのもとに、世界中のアーティストやクリエーターたちが協力し行動を興していくために設立された米国NPO法人の名称)の発足パーティーを取材に行ったときに始まりました……。
ハリウッドのセレブ御用達クラブ『KRESS』で行われたキックオフパーティーには、日本でもお馴染みのスターやアーティスト、クリエーターが集まり、「マイケル・ジャクソンが来る!」との情報から多くのセレブやファンが会場に集まり、一帯は晩夏の涼しい風とは反比例し、異常なほどの熱気を帯びていました。
しかし、時間が過ぎても現れないマイケルに失望した見物人やメディアの人たちが「またか!」と諦め、罵詈雑言を放ち帰ろうとしたその時、1台のベントレーが静かに駐車場に入ってきました。
目を見張る美女を二人連れて、その車から降り立ったのが、現在、その活動拠点をロサンゼルスに移し、ここLAでもセレブの称号を得ている初めての日本人『YOSHIKI』でした。
その姿を見て多くのメディアが彼の車を囲むなか、礼儀正しく関係者に挨拶をしながら彼はレッドカーペットを歩み始め、その来訪の目的を聞かれ穏やかな視線と確かな口調で語り始めました。
「ここには、自分の勉強のために来ました。このような活動には僕もたいへん興味をもっています」と話すと、足早に会場へと消えていきました……。
その後、私たちが独占インタビューをお願いすると「いつまでLAにはいらっしゃいますか?」と逆に質問され、「後4〜5日ほど……」と答えた私たちに、「では、3日後にお会いしましょう」と、その突然の申し込みにも嫌な顔ひとつせず、微笑みながら応えてくれました。

9月3日、彼に指定されたロデオ・ドライブの一角にある会員制クラブに、私たちは過大な期待感と一抹の不安を感じながら向かいました……。
ブランチ・タイム前のクラブは、まだ人影もなく閑散としていましたが、壁一面に飾られた写真の数々が、ここはハリウッド・セレブの中でも数少ない超一流のスターやプロデューサーだけが入ることを許された場所であることを無言のうちに語りかけてきました。
きっかり予定通りの時間に現れた彼は、クラブのスタッフといつもどおりの軽いジョークまじりの会話を交わした後、私たちを個室へと案内してくれました。
一切の撮影を禁じられたその特別な空間で、彼はインタビュー用のレコーダーを回すことに気軽に了解をとってくれると、ブランチを取りながらのインタビューが始まりました。

「09年からワールド・ツアーが始まること」「黒沢監督の生誕100周年記念ハリウッド映画の音楽監督に選ばれたこと」「『ロックスター』という北米では人気があるドリンクのアドバイザーに就任したこと」などなど「世界初のスクープ話」を、まるで友人にでも語りかけるように次々と話してくれた後、「なぜ、パーティに来たのか?」という、私たちが聞きたかった本題をいよいよ尋ねてみました。
「いま『YOSHIKI基金』と言うか、何か社会貢献のための基金の設立を考えています」と突然、私たちの意表をつくような話を彼は語り始めました……。
幼い頃の彼の父の自殺やHIDEの死が大きなトラウマやしこりとなり、一時は自分自身も厭世的になったことや『X JAPAN』を再結成することに対する躊躇とその心の内、そして、彼自身が遂に身につけた「死生観」など……、ただ聞くにはあまりにも重く、そして、その真摯な姿に私たちはただただ驚くだけでした……。

そのときの生々しい肉声が、音声ファイルにある「コンテンツ」です。
2時間ほどのインタビューが終わると彼は日本での再会を誓い、「スタッフ・ミーティングがあるので……」と言うと私たちの分までの支払いも済ませ、堅い握手を交わし再び個室へと戻っていきました。

 

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YOSHIKI × magazine world

2009年2月10日 (火)

この、私たちと『YOSHIKI』のストーリーは、「偶然の出会い」と「何かで繋がった意図」のようなものさえ感じられる、摩訶不思議で、偶然性に満ちた物語となって、今、ここにそのスタート部分の詳細を伝えることができるようになりました……。
これから皆さんに公開するすべての話を、まるで一編の「ドキュメンタリー映画」を観ているかのように読み、聞き、見てくださるとその臨場感と私たちが伝えていきたい世界観を少しでも感じていただくことができるのではないかと思っています。
実は、このストーリーは視聴者である「あなた」にも、とてもリアルで、きっと何かが触発されるようなストーリーではないかと思います。
まさに、私たちがそうなったように……。

 

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『Yoshiki基金』 新たな一歩 2009.01.18

2009年1月18日 (日)

動画:Yoshiki基金の発表 2009/01/18 香港
 

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ついに解禁! L.A. インタビュー音声 第2弾!!

2009年1月1日 (木)

動画:ついに解禁! 2008/09/03 L.A. インタビュー音声
 

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YOSHIKIジュエリー パーティーにて(完全独占配信)

2008年12月27日 (土)

動画:2008年12月26日 YOSHIKIジュエリー パーティーにて
 

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YOSHIKI Jewelry 新作発表 in 帝国ホテル

2008年9月24日 (水)

動画:Jewelry 新作発表

2008年 X JAPAN再結成と世界デビューを記念して、あの世界的アーティスト YOSHIKIのハイファッションジュエリーブランド「YOSHIKI JEWELRY」の誕生です。

 
”5 SENCES”(五感)

YOSHIKIの音楽の世界観をハイファッションジュエリーで表現。YOSHIKIのハイファッションジュエリーの世界観を、身につける方々自身が五感”5 SENCES”で感じて欲しい・・・

 

”GOTHIC”(ゴシック)

YOSHIKI自身のパーソナリティー「激情」と「静寂」という相反する世界を融合させた商品展開です。

 

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公開記者会見@代々木公園オリンピックプラザ

2008年9月15日 (月)

動画:公開記者会見@代々木公園オリンピックプラザ

記者会見内容

  1. 全米で大ヒット中のエナジードリンク『ROCK STAR』日本上陸 エグゼクティブ・プロデューサーに就任
  2. 『X Japan』アジア・ツアーが決定!(台湾・香港・タイ・韓国)
  3. 『X Japan』、クリスマス&カウントダウン・コンサート決定
  4. 新曲の制作とアルバム発売の発表
  5. 黒沢映画のハリウッド・リメイク版の音楽監督に就任
 

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2008/09/03 L.A. インタビュー音声

2008年9月3日 (水)

※音声インタビュー

9月3日、ロサンゼルス・ロデオドライブにあるハリウッド・セレブ会員制クラブ『HAVANA CLUB』で行われた『magazine world』独占インタビューの中から、15日の記者会見で明かされた『黒沢映画ハリウッド・リメイク版』の音楽監督に就任したYOSHIKIさんに、その経緯などを語ってもらった「肉声」をお届けします。

 

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Help as One × magazine world

2008年9月1日 (月)

動画:Help as One

What’s 「Help as One」?

「希望ある『子供たちと地球の未来』を創ろう!」をスローガンに創設された米国NPO法人『Help as One』は31日、米日の大物歌手らを招いたチャリティーコンサートを来年、日米両国で行うことを明らかにしました。

マイケル・ジャクソンさんが趣旨に賛同しているほか、ビヨンセさん、マライア・キャリーさんらも参加する方向です。この日、ロサンゼルス・ハリウッドBld.にあるハリウッドセレブ御用達クラブ「KRESS」で開かれたキックオフパーティーには、「X JAPAN」のYOSHIKIさんも会場を訪れ「まだ社会貢献プログラムなどについて勉強中なのですが、何か私も今回の企画に力になれればと思って駆けつけました」と来場した理由を明らかにしました。

「皆で一つになって助けよう」という願いから名付けられた『Help as One』は、生まれつきあごの骨がなく右耳が聞こえない難病障害を乗り越えた音楽プロデューサー、エルジン・ヘイニー代表が中心になって設立されたNPO組織です。

詳細は同団体のウェブサイトwww.helpasone.orgで。

 

Help as One キックオフパーティー映像

ロサンゼルスからの完全独占生中継映像とエルジンヘイニー氏のプロデュースした楽曲、そして未公開カットを組み合わせたスペシャル映像です!

『Help as One』の趣旨に賛同し駆けつけたYoshikiさんには特派員がパーティー後、独占インタビューを行う事ができ、その熱い思いと感動的なストーリーを語っていただきました!

今月中旬に予定されている日本での記者発表の後に、Yoshikiさんのインタビュー内容を「またまた独占配信」予定です!

まだまだ続報が発表されるマガジンワールドに、今後もご期待ください!

 

参加者リスト

【Celebrity/Entertainment Industry】

Cee-Lo Gnarls Barkley
Adrienne Carter KK & Carter PR
Alex Czuleger APA
Amanda Musso A Thousand Words w/ Eddie Murphy
AMANDA SMITH, Model
Alexander Von Roon Actor
Andre Freeman Recording Artist
Apple Price E Agency & Next Model Management
Audrey Turner Actor
Big Regg actor/artist mtv’s jackass
Brenda Epperson Soap Star - Ashely “The Young & The Restless
Bruce Edwin Pu
Cameron Von Hoy Actor
Cassie Jaye Her Film “Cosmic Radio” Premiered at Sundance
Cashis Interscope Records
Danielle Pollack Actress
Dante 7 Celeb choreographer
DAVID SHARK, Y&R actor
Derek Dykes Ford Model
DJ Journey Swank Records
DJ Verrett
Dr. Leslie Seppini Media Commentator
Dr. Mark Mani Plastic Surgery Beverly Hills Show
Ericalane Publicist
Gil Benzeevi Showbiz To Go
Hollie McKay Fox News - Entertainment Reporter
Jeff Bowler Insomnia Media
Jesse Daly Actor - “DIRT” on FX
Jesse Lewis IV Vh1 Personality
Jessica Copolla Pop sensation
Jill Michele Melean Reno 911
Johnny Wimbrey
Kate Clarke Emmy Nominated - “Sophie Chase”
Kelly K KK & Carter PR
Kd Aubert Actress
Kristina Levsky g4TV
Leon Logothetis Adventures of Nobody
Liana mendoza Actress
Lorielle New (Star of Pro 7)
Marianna Shafaran Publicist
Marina-Anderson Carradine (Actress / Hollywood Socialite)
MARK WOOLLEY Actor
Mauricio Saravia TV personality
Melissa Ford Actress/Model
Michelle Easter E Agency & Next Model Management
Michelle Harris Host of Alive and Well
MILKA MUNOZ, Actress
MOIRA CUE Actress/singer
Omar Gooding Actor/Rapper
Patricia Patrick Coast Bureau Chief ? Rex features
Paul Coy Allen Director
Patrik Smpson Fashion Designer
Pol a’teau Fashion Designer
Raquel Breezly Ms. California
Raz B Artist B2K
Sarah Stokes Making the Band
Shannon Donnelly ML Executive Assistant
Suzette Tomlinson Actress
Steph Jones Recording Artist
Tocarra Jones Actress
Tom Green Actor
Young Buck Recording Artist
 

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