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第2章 胸の内を語ってくれたYOSHIKI

2009年2月10日 (火)

9月15日のその日、私たちは『YOSHIKI』のマネージャーから送られてきた招待状をもち、渋谷・代々木体育館横にある「特設イベント・スペース」にいました……。
徹夜で並び『YOSHIKI』の登場を10数時間もの間、待ち望んでいるという数多くのファンはすでに大画面に映し出された彼の姿に大喝采を送り、共に歌い、まるでそこは「ミニ・コンサート場」のような様相を呈し、休日の外苑周辺の静かな景色とはまったく違う異様な熱気に包まれていました。
予定時間をかなり過ぎ突如、自らハンドルを握るランボルギーニで会場に乗りつけた彼が登場すると場内の興奮は最高潮となり、涙を流す女性も現れるほどの大歓声に包まれていきました。
「日本に帰って来ればスーパー・スターなのだ」と、あらためて認識させられた私たちの困惑などとはまったく無縁に、彼はいつものようにファンに語りかけ、それに応えるファンの声援はさらにそのボルテージを上げ、秋の大空にその声は大きくこだましていました……。

「ワールド・ツアーの開始」や「年末のカウントダウン・コンサート」の発表など、しばらくの間途絶えていた活動情報や報告をファンに語ると、彼は名残惜しそうな表情を浮かべ、そのステージを後にしました。

その後、私たちが彼の姿と再会したのは、それから数週間経った9月24日、帝国ホテルで行われた彼自身がプロデュースする「ジュエリーの発表会・記者会見」場でのことでした……。
多くの新聞記者や編集者に囲まれ、写真を撮られる彼の姿は、代々木で観たその姿とはまた違い、少し緊張しているようにも見えました。型通りの会見が終わりバック・ステージに戻って行こうとした彼と目線が合った瞬間、彼が微笑みながら懐かしそうに私たちのもとに来てくれました。
「ごめんなさい、なかなか時間がとれなくて……」と切り出した彼の言葉とその表情は、私たちがLAで会った『YOSHIKI』その人でした。
「必ず時間を作りますので、もう少し待っていてくださいますか」と語る彼に私たちは「いつまででも待っているので安心してください」と言うのが精一杯の彼に対するエールでした。

その後、彼がLAに帰ったと聞いたのは、マネージャーから彼の伝言を受けたときのことでした。
「12月にもう一度、帰ってきます。その時にいろいろと話をしたい」と……。

12月23日、私たちは『カウントダウン・コンサート』を皮切りに新春早々から始まる「アジア・ツアー」に向けて『X JAPAN』のメンバーとリハーサルを行っていたスタジオの控え室で彼との再会が遂に叶いました……。

興奮気味に語り始めた彼の最初の話は「想像していた以上に、いい音が出ています……」と言う、ツアーに向けて練習を積んでいる『X JAPAN』の話からでした。嬉しそうに語る彼に「その後、何か進展は?」と尋ねた私たちの性急な問いに、「アメリカに『グラミー・ファンデーション』という基金があり、そこと提携する予定で進めています」と話し始めると、一気に彼がその後、進めている構想を語り始めました。
「無理せずに、できることからひとつずつスタートしていけばいいのかな、と考えています……」と語る彼の姿には、自信に満ちた「アーティスト」の顔と謙虚な「一人の人」としての姿勢が見え隠れしていました。
「僕のような派手な人間が、そのライフ・スタイルを無理に変えることがない範囲で、自分自身ができることから始めていくことがいいのかなぁ、と考えるようになったんです」。どこか肩の力が少しだけ抜けたような印象と、以前よりも強い決意をその言葉から私たちは感じました。
その後、彼の希望からどこかの雑誌にそのことについて少しずつ話をしてみたいとの希望があり、その取材を12月26日の『YOSHIKIジュエリー』のXマス・パーティ後に行うことになりました。

その時の取材記事が、ここにある映像『HANAKO941号(2月12日発売)』に掲載されたものです。

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