マガジンワールド

第30回 Title 辻山良雄さん

th_IMG_1653 profile:つじやま・よしお│大学卒業後、書店『リブロ』に入社。昨年8月に独立、今年の1月に『タイトル』をオープン。ギャラリーでは定期的にイベントも開催中(現在開催中の「小林エリカ『光の子ども2』展」は3月31日まで)。趣味は山登り。◯東京都杉並区桃井1-5-2 ☎03-6884-2894 11:00〜21:00 水、第3火休

「さあ、本を読もう!」と思い立っても、そもそも良い本と出会う方法を知らなければ、すぐにスマホの世界に逆戻り。街の本屋さんが減りゆく昨今、『Diggin’ Books』では、そんな僕たちが頼るべき本のプロが選ぶオススメの3冊をご紹介。早速どうぞ!

今年1月、まわりの本好きのあいだで、『タイトル』というインディペンデントな本屋さんのオープンが話題になっていた。実際に行った人たちはみんな「わざわざ通いたくなる」と絶賛。場所は荻窪、店主は元『リブロ池袋本店』らしい。うーん、気になる! 「もしかしたらここで新しい本屋体験ができるかもしれない」という期待を抱きつつ、荻窪まで赴いてみることにした。

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荻窪駅の北口を出て、青梅街道を西方向に歩くこと役10分、突如看板が現れた。程よいサイズ感の一軒家を覗くと、新刊を中心に、介護をテーマに取り扱った『ヨレヨレ』などの珍しい雑誌も陳列されている。ただ、主張が激しいエッジーな本屋さんというよりも、街の本屋さんと呼ぶに相応しい穏やかな佇まい。奥にはカウンターつきのカフェ、2階にはギャラリーも併設されているようである。早速、店主の辻山良雄さんに本の選定基準について伺ってみた。

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「ここのラインナップの大部分は自分の“文脈”から出てきたものですが、たとえば病気に関する本や辞典など、今の自分に馴染みがなくても、街の人たちが必要とする本はできるだけ揃えるようにしています。その上で、大型書店にはないようなリトルプレスも置く。自分の出自が『リブロ』という総合書店なので、最初から無理に個性を打ち出そうとは考えていませんでした。大切なのは街の中で“機能する”ということ。そういう意味で、まわりの作家たちを紹介するギャラリーや、買った本を読みながらほっと一息つけるカフェは、最初から構想に入っていましたね」

そもそも、辻山さんの“文脈”とは?
「高校生の頃、大学受験の予備校に通う電車の中でずっと本を読んでいました。本を読むようになったきっかけは野崎孝さんが訳していたサリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』。けっしてわかりやすい話ではないんですが、プールサイドがやたらに登場してくるような、日本から見ると非日常的なムードに惹かれた。同じサリンジャーの『フラニーとゾーイー』や、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』も自分にとっては大切な作品。大学に入ると海外文学っぽい文体というところから、村上春樹や池澤夏樹、中上健次なんかを読むように。彼らの作品に漂うデタッチメントには個人的な共感を覚えていました」。

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では『タイトル』の根幹を成すのは文学ということだろうか。
「いいえ、実はそうではなくて。僕は新卒でリブロに入社したんですが、その頃から文学よりも人文や芸術に関する本を日常的に読むようになっていたんです。それと、さっきも話したとおり、荻窪という街の中で『タイトル』が“機能する”ということが重要だと思っているので、ここでは生活に関する本に力を入れています」

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辻山さんは、己のエゴを押し付けるのではなく、荻窪という街にフィットする本屋さんを作った。辻山さんはどんなことを考えながら棚を作っているんだろう。

「ここの棚は自分の感性を表現するためではなく、端から順に眺めた時の“流れ”を意識して作っています。前に、大阪にある『スタンダードブックストア』店主の中川さんが『そこに違和感があるものを置いてしまうと、売れるものも売れへん』と僕に話してくれたことがあったんですが、正にその通りで。棚で1つの流れを作ることで、それぞれの本に意味が出てくるんですよね。その目的は、“こうじゃなきゃいけない”ではなく、“こんなものもあるよ”というオルタナティブな選択肢を提示することです」。

そんなオルタナティブ・スピリット満載の名著を、辻山さんは今回の3冊の1冊目に選んでくれた。

1st DIG『圏外編集者』都築響一

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「今更かと思われるかもしれませんが、このお店らしい、という点では外せません。都築さんはこの本の中で、『まわりのことなんか気にせず、好きなことを正直にやればいい』という至極真っ当なことを言っているのですが、これって今の時代にものすごく響くというか、いよいよ“そういう時代”がやってきたような気がするんですよね。ここ数年はどの分野でも同調圧力が強かったし、そろそろ大きな反動が起こると思う。正に金言だらけです」

確かに、この本の中に書かれていることを実行している人はまだ少ないかもしれないけれど、みんな向かうべき方向性はシェアしているからこそ、大きな話題になっているのかもしれない。ちなみに、辻山さんが18年間務めた『リブロ』を辞めて自分で本屋を始めたのも、「死ぬ時に『あれをやっておけばよかった』と後悔したくなかった」から。

お次は、馬と一緒に暮らすために与那国島に移住した河田桟さんによるリトルプレス。

2nd DIG『馬語手帖』河田桟

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「ただただ馬との接し方が綺麗な文章で綴られている本なのですが、読んでいるうちに、不思議と自分と向き合っているような感覚になる。これはすでに何度も増刷を重ねていて、第二弾の『はしっこに、馬といる』も発売されました。イラスト含めたデザインも素晴らしい。こういう本って、文字をじっくり読まずとも、開いた瞬間に『良い本だ』とわかるんですよ」

最後はこのお店のベストセラーから。

3rd DIG『他者の苦痛へのまなざし』スーザン・ソンタグ

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「3.11の直後は、みんなが協力し合う暖かい空気が生まれたと思うのですが、それもすぐに忘れ去られて、ただ消費を促すような社会に逆戻りしてしまった。もちろん、必要な時にパッと救いの手を差し伸べることも必要ですが、この本の中では “個々の小さな営みの積み重ねが、大きな変革のきっかけを生む”という趣旨のことが書かれていて、僕はそれに深く頷きました」。

『タイトル』がこの街の人たちの役に立ったり、何か行動を起こすきっかけになったりすることで、世の中は確実に良くなっていく、という意味では、この本屋のコンセプトともリンクしているように思える。

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このお店には「こうしていきたい」という明確な指針は存在しない。辻山さんいわく、「これからの『タイトル』を作っていくのはお客さん」。これまで“インディペンデント”と聞くとユースカルチャーの印象があったけれど、ここは街にそっと寄り添う “大人な本屋”だった。

写真と文/長畑宏明