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第39回 セブ・エミナ 『ハッピー・リーダー』編集長

Profile:セブ・エミナ 『ハッピー・リーダー』編集長、『ファンタスティック・マン』副編集長。ロンドン出身ジャーナリストで、現在はパリ在住。

毎回1人のシティボーイに密着取材、ホームタウンを巡りながら、シティボーイの実態を調査しているこのブログだけど、今月は本屋さんの特集にちなみ、ロンドン生まれのシティボーイであり、雑誌界の同志でもある『ハッピー・リーダー』編集長、セブ・エミナに本について聞いてみた。

セブはサウスロンドン生まれのシティボーイ。落ち着いた口調で小難しそうな話をしている雰囲気を醸し出しているけど、よくよく耳を傾けてみると「朝食、なに食べたの? 僕はビュッフェ式の朝食が大好きでね〜。あれって3回以上おかわりするのはなしかな?」だって。なんだ朝ごはんのことかって思うでしょ? でも、10年以上も続けた朝食に関するブログ『The Breakfast Bible』を本にしてしまうほど、セブにとって朝食に関する悩みは深刻なのだ。

この日はシンガポールで行われたインディペンデント雑誌が集う「U Symposium」に参加した後、「ナショナル・ギャラリー・シンガポール」のカフェで、英国ジョークまじりのトークをしてくれた。ライターとして、『ファンタスティック・マン』に参加したことがきっかけで、2014年の冬から『ハッピー・リーダー』の編集長を担当するようになったそう。

セブが手掛ける年2回発行の『ハッピー・リーダー』は、ロンドンの老舗出版社『ペンギン・ブックス』とのコラボ雑誌で、46ページすべてが、読書、そして本についてのはなし。といっても、決して堅苦しい専門誌ではなく、イーサン・ホークやキム・ゴードンといった著名人に「ところで最近、なに読んでる?」と世間話をふっかけるところからスタートする。そのへんのテクニックや印象に残っている人についても聞いてみたかったけど、セブは「もう終わった仕事についてよりも、今どんな本を読んでるかって話すほうが楽しくない?」とカラッとした様子。

たしかに、言われてみれば、読んでる本は人それぞれで、好きな作家や影響を受けた本を聞き出すだけで、どんな趣味を持っていて、真面目な性格なのか、あるいは冒険家なのかなんてこともわかったりもするし、本の話をしているうちに「小説に出てくるチーズがおいしそうでさ〜」なんて、嗜好もわかったりする。本ってそういう意味でも便利なツールだな。

ってことで、『ハッピー・リーダー』の手法を使って、今回は『ポパイ』が逆取材。「好きな本を紹介してよ」と頼んでみたら、セブが影響を受けた本を3冊、DIGってきてくれたよ。

1st DIG『銀河ヒッチハイク・ガイド』ダグラス・アダムス
(原題:Hitchhiker’s Guide to the Galaxy)

1978年にイギリスのラジオ朗読番組で人気だったSFシリーズ。皮肉なジョークが盛りだくさんで、あまりに人気だったので翌年に書籍となったんだそう。イギリスではディスレクシアを持った子供たちへのサポートがしっかりしていて、こういう朗読本は一般的らしい。「初めてこの本に出会ったのは10歳の頃。あるコンピューター頭脳が究極の答えを教えてくれるというので、それを求めて宇宙を旅する話。当時はまだなかったインターネットを予測していたのかもしれないね」。セブのユーモアセンスは、確実にこの本の影響で、一言にすると「細部に至るまで正確な形でバカをしよう」といった『モンティ・パイソン』のようなテイストだ。『ハッピー・リーダー』の第二部がまさに良い例で、毎号一冊の古典を取り上げて、小説に出てくる駅(今はもう存在しない)のマップを正確に書き出してみたり、セリフのやりとりから判断した会話の長さを計り出し、紅茶がどれくらい濃くなってしまったのか実験してみたり……。この真面目なバカっぷりが、本当イギリス人っぽい。「何度読み返しても、同じところで同じように笑える。しばらく間があくとまた読みたくなる本だよ」。

2nd DIG
『ダロウェイ婦人』ヴァージニア・ウルフ
(原題:Mrs. Dalloway)

リーズ大学の最終年にセブの考え方をガラッと変えた決定的な一冊。フィクションを扱う英文学と、“時間”という超現実について追求する哲学、この相反する二科目をダブル・メイジャー(二重専攻)としていたセブは、この本を読んだ途端にふたつは同じものだと悟ったらしい。1923年が舞台。ダロウェイ婦人のある一日を追ったストーリーには、ゆっくり過ぎるほどの時間の流れを気付かせる描写が多く、それをどうやって消費するのか、死とは、生とは、といった疑問に語りかける。「ほぼ毎ページに時間の描写があるんだ。登場人物のだれかが時計を確認したり、ビッグベンの鐘が鳴ったり。事実、1時間はだれにとっても平等に1時間だけど、感じ方やムードによってその長さが伸び縮みする。まさに個人的な感覚を描くフィクション英文学と客観的に見る現実を追求する哲学の両方だよね。」そして、もうひとつ『ダロウェイ婦人』にある魅力は著者の一文が長いことでもあるらしい。「一般的な文章の10倍くらいあって、他にこんな作家に出会ったことがない」というから、英国の谷崎潤一郎的な存在だろうか。ちなみに、そこに惹かれたというセブの話も、例外なくまどろっこしくて長い。

3rd DIG 『迷宮』ホルケ・ルイス・ボルケス
(原題:Labyrinths) 

たくさんのショートストーリーを世の中に出してきたアルゼンチン出身の作家、ホルケ・ルイス・ボルケスの『迷宮』は、セブにとって顔面を正面からパンチされたような衝撃だったらしい。あまりに奇妙なアイデアは、ストーリーとしての存在を超えて、凄まじい記憶になるんだって。「中に『ザーヒル』というコインのようなものが出てくるストーリーがある。所有するうちはなんでもなかった存在なのに、手放した途端に価値を感じるっていう不思議な物体がザーヒル。まるで失った愛のようだね」なんて、真面目な顔で語るセブだけど、愛ってそんなものだっけ? 「結局、ザーヒルのことを考えない日がなくなり、固執することが主人公の人生となっていくんだ。いやあ、真髄をついている。『ハッピー・リーダー』もそんなザーヒルみたいな存在になれるように、って気持ちで作っているよ」だって。とっても思慮深い話題を次々にテーブルに上げてくるセブのアイデアはボルケスやダグラスの影響があるんだね。

好きな3冊について聞いてみて改めて思ったのは、セブは、ただ面白いだけではなくって、初めてなのに懐かしいような、ずっと気にかかっていた問いが話すことで解決するような、そんな奇妙な(?)心地良さを持った人だってこと。なんだかいいね、こういう本についての会話。人となりもわかるし、血液型で判断するよりもずっといい。

写真:ジョビアン・リム、ウィリアム・オールデン・マニング
文:王夏美