マガジンワールド

第40回 bookobscura 黒﨑由衣さん

くろさき・ゆい|青山一丁目にあった書店『book246』にて店長をつとめた後、神保町にて古書販売について学ぶ。2017年10月に夫である編集者・小林昂祐さんとともに『bookobsucura』をオープン。◯東京都三鷹市井の頭4-21-5 103☎︎0422•26•9707 11:00〜20:00 火休

「本が読みたいなあ」って思うときほど、面白い本が見つからなかったりするから不思議だよね。だったらいっそ街に出て、本選びのプロにおすすめを聞いてしまおう!
このブログでは、本が大好きな人たちのお店に行き、本を読むこと、探すこと(Diggin’ Books)の魅力を教えてもらいます。今月も張り切って行ってきます!

今月の本屋さんは10月にオープンしたばかりの吉祥寺『bookobsucura(ブックオブスキュラ)』。こちらは写真集をメインに扱う新刊書と古書の店。店主の黒﨑由衣さんにお話を聞きました。

店の場所は吉祥寺駅の公園口を出て井の頭公園を抜けたところ。もともと印刷所だった建物をそのまま利用した店内に入ってみると、窓からの光が気持ちよくて公園での散歩と相性がかなりいい! 

約400冊ある本のラインナップはほとんどが写真集。報道写真、スナップ、ポートレイトなどカテゴリーで分かれていて、ファッションや風景写真が多め。古書が大半を占めるにも関わらず、古本屋さん特有の埃っぽさはなくてむしろアロマのいい香りがする。

店の半分はギャラリースペースで、今は写真家・竹之内祐幸さんの作品を展示中。写真家だけでなく、これからいろんなジャンルの作家の作品を紹介予定だとか。

そもそも黒﨑さんが写真集に興味を持ったのはなんでだろう。

「写真を好きになったのは、本屋になる前に旅をしていたのがきっかけです。当時は若くてお金がないから、旅先に持っていくのはインスタントカメラ。撮れる枚数には限りがあるし、技術的なこともあってなかなかうまく旅の思い出を記録することができませんでした。そんなときに行ったことのある場所を収めた写真集を偶然手にとったんです。自分が見てきた景色が写真集の中にあって、さらには写真家の目を通した世界だから、その場所がもっと魅力的に感じられました」

その後、旅の本屋『book246』で店長を務め、写真集をはじめとする新刊書を販売していた黒﨑さん。この店では古書がほとんどを占めるけど、それは写真集を楽しむ上で“遡って見比べる”ことがポイントの一つだから。

「この2冊の写真集はともにアメリカの写真家リチャード・ミズラックのもの。『DESERT CANTOS』(写真2枚目上)は1988年、『CRIMES AND SPLENDORS』(同下)は1996年に出版されました。ともに1983年にカリフォルニアで撮影された同じ写真が掲載されていますが、朝焼けと日没のときの写真くらいまったく色合いが違うんです。写真の大きさはもちろん、紙の種類などの仕様、印刷した当時の技術、印刷した国によって1枚の写真でもここまで違いが出ます。こうやって見比べるのも古書の写真集ならではの楽しみですよね」
たしかにこれは紙にするからこその面白さ。でも、そもそも写真集が見たいって思っても何から手をつければいいかわからない人も多いのでは?

「写真集は、まずは難しいことを考えずに旅に興味がある人は自然風景や行ったことのある都市の写真を探してみるといいかもしれません。洋服に興味がある人は、例えば<マークジェイコブス>のビジュアルブックのようなブランドが出しているものもあるので作家の名前を知らなくてもわかりやすくておすすめです。詳しくないという方も気軽に、ゆっくりと写真集をめくってみてくださいね」
というわけで黒﨑さん自身が最初に買ったという1冊を見せてくれました。

「これはチェコスロバキア出身で、プラハの春の際の様子を収めたことで有名なヨゼフ・コウデルカの『EXILES』という1冊です。題名の“亡命者”という意味の通りに、そういった歴史の流れの中で生活する人々を写したもので彼自身もイギリスに亡命をしたひとり。写真自体が美しくて『ワッ!』となったのですが、そこからコウデルカについて調べてみると彼が生きた時代背景もわかって、改めてその写真を見返すと違った印象に見えました。これは40年前の写真ですが、中には100年前の世界を覗くことだってできる写真集もあって、こうやって歴史と対話ができて、関係のない出来事の写真が自分にとって意味のあるものになるのも写真集の魅力かもしれません。コウデルカは私にとって、『頑張ろう!』と思うときに勇気をもらう存在。読むことがセラピーなっています。」
コウデルカの写真集をパラパラめくってみると光が綺麗で、チェコに行ったことがなくても一気にその場所に興味が出てきた。当たり前のことかもしれないけど、写真には人から聞く話や文章にはない力強さがあると、改めて実感。

最後にまた違った趣向の1冊を見せてくれました。
こちらはカナダのアーティスト ジェフ・ウォールの写真集。『EXILES』のような日常をそのまま切り取ったものとはまったく違うのだとか。

「彼の写真は、ゴミ屋敷のような部屋や突風の中にいる人など、ある事件の一瞬を切り取ったように見えるのですが、実際はすべて歴史的な絵画や事件などの資料をもとに彼自身が画を作り込んだものなんです。何も知らずに見るとごく自然に見えますよね。中には葛飾北斎の『富士三十六景』に影響を受けた作品もあります。こうやって報道的なものだけでなく、アートの手法としても写真はすごく面白いですよね」
写真っていう視覚的なリアルさと非現実が混ざって、混乱する! けど、面白い! 

というわけで今月もディグって行きます。

1st DIG『The Fourth Wall』竹之内祐幸

「こちらは現在ギャラリーに作品を展示してくださっている竹之内さんの写真集です。竹之内さんご本人は見た目がワイルドな方ですが、写真自体は繊細でとても美しいんです。写真集に収められているのと同じ写真が展示されているので、印刷されたときと竹之内さん本物のプリントの色合いをぜひ見比べてそれぞれのよさを味わってみるという楽しみ方もできます」
写真の作風と作家のギャップを知るのはやっぱり面白い。11月19日には竹之内さんのトークイベントもあるよ。

2nd DIG『Streetwork』フィリップ・ロルカディコルシア

「こちらはジェフ・ウォールにも影響を与えたと言われているフィリップ・ロルカディコルシアというアメリカの写真家の1冊です。街ゆく人のスナップに見えますが、これはすべてフィクション。よくよく見るとフラッシュを強く焚いたような光の当たり方で、自然な様子の被写体とのギャップが面白いです」

3rd DIG『JOSEF SUDEK』ヨゼフ・スデック

「これはプラハの詩人と呼ばれたヨゼフ・スデックの写真集。1950年代の出版当時は印刷用の紙がなかったため、インクを吸いすぎて画が潰れてしまっていたりするのですが、それがまた彼の写す光ととても相性がいいんです。彼はナチスの占領下でも亡命をせずにプラハで生活をし続けた人なのですが、写真集をめくっていくうちに、内容が街の聖堂などの屋外から、人物のポートレイトや自宅にあるガラスのコップなど屋内で撮影できるものに被写体が変わっていき、ナチスによる迫害で外出ができなくなった彼の生活も垣間見ることができます」
まさに古書の写真集のよさを実感できる1冊。ちなみにこれは黒﨑さんの一番好きな写真集で「売れたら悲しい〜(泣)」から値段はつけていないんだとか。黒﨑さん、とってもお茶目です。

写真集ってちょっと高いし、何から見ればいいかわからないし、興味があっても本屋で本当に一瞬触るだけみたいな存在だった。
けど、「1時間1冊の写真集を丁寧に眺めてそのまま帰る方や、お話を楽しみに来てくださる方もいて、それぞれに楽しんでくださるのが嬉しいです」という黒﨑さんの言葉通り、ここならゆっくり自分のお気に入りを見つけられそうだ。現在は、店内にコーヒースタンドを設置しようと準備中。ますます身近になるね。

写真・文 飯野僚子