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第45回 Kosy (21) 学生/クリエイター

 「好き」に対して夢中になり、日々走り続けている人って、それだけでもう魅力的だ。「シティボーイってどんな人?」という問いに対する答えは人それぞれでいいと思うけれど、彼らに共通しているのは「自分のスタイルを持った人」ってことではないでしょうか。
 このブログでは、気になるシティボーイを毎回1人ピックアップ。彼らの「好き」を追っていきます!

今回のシティボーイはアメリカで映像音響を学んでいる21歳のKosy。僕がロサンゼルスに留学していた頃、ひょんなことから知り合った彼。歳が1つしか違わないのに、見るからにゴリゴリのスケーターで、クールな感じを漂わせていたから正直ちょっと怖かったことを覚えている。でも、いざ話してみるとそんなことが全然なかった。気さくだし、音楽や写真に対する造形が半端なく深い。もっと彼のことを知りたかったなーと思っていた矢先、夏季休暇で一時帰国中とのウワサが。このタイミングを逃すまいと会いに行ってきた。

訪れたのは杉並区浜田山にあるご実家。近くには川や緑が充実した善福寺があったりと、都心とは違って落ち着いた住宅街エリア。

玄関をくぐり、部屋の扉を開けて目に飛び込んできたのは、ドラムやピアノをはじめとした数々の楽器や音楽機器。さっそく演奏や作曲風景を拝見といきたいところだが、まずは生い立ちや今までの経歴を聞いてみた。  
「生まれは東京で、生後すぐにオーストラリアへ引っ越したんです。当初は2年間の予定でしたが、お母さんと兄貴があっちでの生活を気に入ってしまって。結局9年間住んでいました。その後、中学に入るタイミングで帰国し、高校は都内のインターナショナルスクールに。今はカリフォルニア州サンディエゴにある大学で映像音響の勉強をしています!」。海外生活が長いことは知っていたけれど、まさか生まれてすぐに遥か南へと海を渡っていたとは。「気に入った」って理由で海外生活を延長しちゃうKosyマザーにもビックリ。

Kosyの専攻は映像制作の音響。例えば映画のアフレコがそれに当たるんだとか。なんでまたその分野を選んだのだろう。

依頼を受け映像撮影中。専門的な収音機器も使用していた。

「高校時代にスケボーの動画や写真を撮ったことがきっかけで、最初はカメラやシネマを専攻にしたかったんです。だけど、志望者は多いし、機材を定期的に買い替えないといけないのも嫌で……。ならば、他に好きだった音楽を活かし、映画の音響を勉強しようと決めました。サンディエゴに渡ったのは、スケートや音楽面でウェストコーストに対する憧れがあったから。雨が嫌いなので年中晴れているのもポイントです(笑)。普段は大学の課題や制作活動で忙しいですが、週末にはビーチでまったりしています。東京とは真逆の環境だけど、どちらの生活も自分には合うし好きですね」

そもそも彼が音楽と出会ったのは幼少期。 
「4歳からずっとバイオリンを習っていましたが、毎日譜面通りに練習を繰り返すことに嫌気がさしてしまったんです。でも反対に、同じく幼いころからずっと叩いていたドラムには譜面通りってことがあまりなく、その自由さがすごく楽しかった。高校ではジャズクラブに入って、コンボバンドやビッグバンドを組んでドラムのゴスペルを担当していました。昔のミュージシャンの動画を見ながら練習したりしましたよ。Bill EvansやJohn Coltraneが特に好きですね。」

ジャズとの出会いにより、いつしか音楽に対する興味が演奏以外にも向き始めたのだとか。
 

「ドラムを叩いていたときに音楽のコード進行や曲ごとの特徴を考えるようになりました。理解をより深めるためには、音楽の構造や手法を理論立てて説明する『音楽理論』が重要だとわかって、そこから独学で勉強し始めたんです。それと同時にピアノも自分で練習し始めました。そしたらどんどんのめり込んでいって、音楽学校に進む道も考えたぐらいです」言われてみれば、部屋には音楽理論に関する参考書がずらっーと並び、勉強した筆跡が残るノートも。

そして、まさかのトトロのぬいぐるみまで発見。あまりの意外さに危うくギャップ萌えをしそうになった。

 「親が幼い頃にずっとジブリ映画を流していたんです。映像を見なくても、聞こえてくるメロディーだけで楽しめていました。中でも『紅の豚』がお気に入り。他の作品よりもジャズっぽさが強いからかもしれないですね。『久石譲さんの曲を弾きたい』って思ったことが、ピアノを始めたきっかけでもあるぐらいなんです」
ジブリ音楽って確かにすごく特徴的。メロディーを耳にするだけで「あっ、これはあの作品の曲だ」って瞬時に分かるし、映画のワンシーンを喚起させる魔法のような力がある気がする。

音楽に対する熱は益々燃え上がり、ビート作りや作曲を始めたのが2年前。
「パソコンを買い替えた時に、『次は自分で音楽を作ってみよう』と思ったんです。それからは毎日必ず1曲は作ると決めています。たとえ内容がいまいちでも、継続することでレベルは確実に上がる。作った曲は溜めて、1週間や1ヶ月単位で振り返ります。気になるポイントがあれば修正しての繰り返し。サンプリングをするヒップホップ寄りの曲なら30分くらいで作れるようになりましたが、作曲する場合はまだまだ勉強不足を感じさせられることがあります。メロディーとか和音の進行をイメージしていると、気づけばピアノの前に4時間座りっぱなしなんてこともザラです」
この原稿を1本書くだけでもヒィヒィ言っている僕にとって、4時間も無心で継続できるその集中力は羨ましい限りだ。

素人目には難しそうに思える曲作り。いったいどうやっているんだろう。
「パソコンさえあれば曲が作れちゃいます。基本はAbletonというソフトウェアを使っての作業なんですが、それだけでほとんどの楽器の音が再現できます。ビート作りのお手本には、J Dillaってアーティストがおすすめです。あまり聞きたくない授業のときは、ヘッドホンを付けて教室内で曲作りをするときもあったりして。たまーにですけどね(笑)」

 「継続は力なり」ってことわざがあるけれど、その積み重ねは結果としても出ているよう。最近は作った曲を少しずつサウンドクラウドで発表しているらしく、先日は某ハリウッドスターからの使用オファーが来たんだとか。
ぜひサウンドクラウドで「kosy.」を検索してみよう!

写真は仲のいいブランド<Kirime>のイベントでbeat liveを開催した時のもの。ウェブ上だけでなく帰国中もライブで活動。

最後に、作曲と同じくらい日課であるスケボーをするために駒沢公園へ。近所のスケボー友達・通称「小魚くん」も同行してくれた。
 「スケボーを始めたのは中学の終わりごろ。学校帰りに毎日駒沢公園で滑っていました。当時と今ではかなり雰囲気が違うんですけど、昔はかなりローカルなパークって感じ。ここに来れば毎回誰かしら友達がいるので、帰国したときはここでスケーターとよく遊んでいます」。 

いざKosyが滑り始めると、周りのスケーターたちが止まり始め「あの人やばいな。海外のスタイルみたい」と口々に言っているのを耳にした。夏の炎天下にも関わらず、滑り続けること3時間超。ここでも集中力が凄まじく、帰る時もまだまだ物足りないって表情をしていた。

 大学4年目に向け、もうすぐまた渡米するKosy。今後はどのような活動をしていくのだろうか。「卒業後9か月間はアメリカで働けるので、今は『ムーンライト』などを製作した『A24』という映画会社に行ければいいなと思っています。その後は帰国し、音響の専門学校でさらに勉強をしたいです。いつかは映画製作会社や音楽制作会社のようなエンターテイメント系で働けるといいな」

起きたらご飯を食べ、パークで友達と滑り、夜はピアノの前に座る。その日々に飽きることはきっとなく、これからも没頭し続けていくのだろう。「趣味があるから毎日が充実している。今は音楽とスケボーで時間がいっぱいだけど、これだけでもすごく楽しいんです。写真や映像を撮っているときも楽しい。だってどれも好きなことだから」
今後もKosyから創り出される「音」、日本から楽しみにしています。

SoundCloud : @kosy.
Instagram : @kosyamamoto

写真・文 岡本悠太郎 編集 飯野僚子