マガジンワールド

第48回 『古書ソオダ水』 樋口塊さん

ひぐち・かい | 会社員として働くかたわら、ネット書店「古書ソオダ水」を始める。2018年1月に実店舗をオープン。現在は店主の仕事に専念している。◯東京都新宿区西早稲田1-6-3筑波ビル2A ☎︎ 03・6265・9835 11:00~20:00 水休

「本が読みたいなあ」って思うときほど、面白い本が見つからなかったりするから不思議だよね。だったらいっそ街に出て、本選びのプロにおすすめを聞いてしまおう!このブログでは、本が大好きな人たちのお店に行き、本を読むこと、探すこと(Diggin’ Books)の魅力を教えてもらいます。

今月の本屋さんは、昨年1月にオープンした早稲田「古書ソオダ水」。店主の樋口塊さんにお話を聞きました。
早稲田の古本街といえば早稲田通りが有名だけど、このお店は早稲田大学のすぐそば、グランド坂沿いに位置している。

早稲田大学の北門を右手に出て、15歩ほどのビル2階に「古書ソオダ水」はある。目印は小さな三角の立て看板。緑色の扉にある印象的な文字は奥さんが書いたもので、こじんまりした店内には約5000冊の書籍とCDが並んでいる。 オープン当初は、置いてあるもの全てが樋口さんの私物だった。

聞けば、この樋口さん、本とは関わりのない普通の会社員から古本屋店主へと転身したという意外な経歴の持ち主だった。
「学生のことから古本屋をやりたいと思ってはいました。でもなかなか踏ん切りがつかなくって。勤めていた会社の後輩からネット書店なら簡単に始められると聞き、8年前に自分も始めたんです」。そのネット書店を介して、それまで通っていたいくつかの古本屋さんとより親しい付き合いをもつようになり、古本市やトークイベントに呼んでもらうようになったという。「会社も10年くらい勤めたし、開業資金も貯まってきて、そろそろお店を持ちたいなあと思い始めたら、その気持ちがどんどん大きくなって。昨年1月にお店を開きました」。

ネット書店の頃から、屋号は「古書ソオダ水」。小沼丹の小説『不思議なソオダ水』からとられている。
「小沼丹の本を読んだのが、古本屋に通うようになった理由の一つでした。彼の著作の中でも『不思議なソオダ水』は入手困難なので長年探していて。手に入れたのが嬉しくて、名前をいただきました。この小説は、小沼丹が早い時期に書いた作品のひとつです。後期の私小説のような内容とは違って、通俗小説とも言えるくらいの読み易さがあると感じました。彼は早稲田大学出身なのですが、このお店がそのすぐそばにあるのは偶然です(笑)」。

屋号の由来はどこかで知っていたから、取材の前に読んでおこうと思ったけれど、僕の地元の図書館には置いていなかった。現物を見るのは初めてです、という話をすると、樋口さんは本を手にとって、こう教えてくれた。
「本とかCDは買いたいんです。好きなものは買わないと気が済まなくて。後先考えずに集めていっちゃうので、家に大量のモノを置かなくちゃいけないじゃないですか。だから少しずつ大きな家に引っ越してきました。ダンボールに入ったままの本はきっと読まないだろうって薄々気がついてはいるんですけど、手放し難くて。でも自分の本屋であれば人に譲れる気がして。それもお店を持ちたいっていう動機のひとつでした」。

お店を始めたころ、樋口さんは会社に勤めていたので、主に奥さんが店番をしていた。そのときにできたのがこのオリジナルグッズたち。

(写真上・左から本に挟むスリップ、しおり。右上はステッカー、右下はショップカード)
(写真下・Tシャツとサコッシュ)

「妻が趣味で絵を描いていて、ずっとグッズを作りたいと話していました。まだお店を始めたばかりだったので、お金の不安はなかったと言うと嘘になりますが、僕自身あんまり後先考えるタイプじゃないのでなんとかなるかと思い、やろうと。店番は、仕事を辞めたタイミングで交代して今は僕がやってます。妻は働いているんですが、毎日のように絵を描いていますね。また新しいグッズを作るつもりです」。
お店を持つときには逆に奥さんの後押しがあったというし、そうやって持ちつ持たれつでいる関係はとても素敵だ。

古書ソオダ水はネット書店のときから変わらず、詩に力を入れている。お店の中でも特に目を引くのは詩の棚だった。
「詩は、言葉が自由なのが好きなんです。頭で理解できなくても、自分のなかにスッと落ちてくる瞬間が味わえる、というか。音楽だと特にテクノが好きなんですけど、それはパッと耳に入ったときに何を表しているのかはっきりとわからなくても、聴いていて気持ちよくなれるから。そういう感覚で詩を読んでいるんだと思います」。

では、今回もディグって行きます!

1st DIG 『草庭』栗原洋一
「栗原洋一さんは一貫して”土地”や”土俗”を表現し続けている寡作な詩人。孤高の旅の詩人、という印象があります。彼は『草庭』で風景や家族など身近な存在を題材にしています。
ここまで/きみが/来て
ぼくの/空を/ふさいだ
(『草庭』収録「月暈」より)
表現はシンプルでありながら、対象との距離感や関係性の捉え方が丁寧で素晴らしいと思います」。

2st DIG 『友達の作り方』高橋睦郎
「高橋睦郎さんは詩人であり、コピーライターとしても有名ですね。この本は彼と個人的に仲がいい、悪友といってもいいような方々について語るエッセイ集です。その人にまつわるエピソードや、彼の思いの丈が書いてあります。高橋さんと同業の方々だけでなく、写真家や音楽家、歌舞伎役者など、意外な交友関係を知れるのもこの本ならではの面白さです」。
確かに、目次を眺めるだけでワクワクするラインナップだ。

3rd DIG 『宇宙の柳、たましいの下着』直枝 政広(CD無し)
「1983年結成で僕と同い年のバンド、カーネーションの直江政広さんが出している唯一の単著です。エッセイや、ディスクレビューが大量に載ってます。読んで、そこに書かれた曲を全部聴こうっていうのではないんです。カーネーションが好きだったらカーネーションのものはすべて買わないといけないっていう、変な使命感があって」。
大の音楽好きで、中古レコード屋で働いたこともあるという樋口さんが流すBGMもお店の魅力のひとつだ。

「小さい本屋さんだと、棚をじっくり眺めることができるじゃないですか。だから知らないもの、興味のないものがどうしても目に入ってくる。でも案外、面白いと思うものはそういう中でこそ見つけてきた気がして。あんまり本を増やそう、棚を増やそう、とは考えていません。自分が知らなかった本をたまたま見つけて、読んでみたら面白かったと体験できる場でありたいんです」。
はじめてここに来たとき、全部の棚をみて回ったことを思い出した。まんまと樋口さんの狙い通りだったわけだ!
本屋さんに椅子が置いてあるなんて今や珍しくないが、これも「ひまなときにふらっと入れる場所でありたい」と話す樋口さん流の気遣いであった。ならば遠慮するのは野暮なもの。お言葉に甘えて、でーんと腰掛けてじっくり本を選ぼうじゃないか。
最近市場に通い始めて本の回転が早くなってきたと言うし、本好きの友達の家に遊びに行くくらいの気軽さでまめにお邪魔したい。

写真・文 迎亮太